投稿日:2022年10月04日
製造工程において、さまざまな材料の性質を熱によって変化させる「熱処理」。特に鉄鋼製品においては、鋼の強度など、物理的な性能を高めるために欠かせない工程です。
本記事では、鋼に対する熱処理に着目し、種類ごとの違いを詳しく説明します。
熱処理とは
熱処理とは、鋼を一定以上の温度に熱し、冷やすことで組織を変化させ、より良い鉄鋼製品を作るために使われる手法です。
熱処理は、鋼の強度や粘り、耐疲労強度、耐衝撃性、耐食性、被削性など、さまざまな性能を高められることから、鋼の加工において欠かせない技術といえます。
「焼入れ+焼き戻し」「焼きなまし」「焼きならし」が熱処理の主な内容であり、それぞれ加熱温度や冷却速度を変えることで、異なる効果を得ることができます。
細かな条件の違いで鋼の性質が大きく変わるため、大きな設備と高いノウハウが求められる作業です。
熱処理の流れと効果
それでは、熱処理の主な種類について詳細を説明します。
焼入れ
引用元: 深田熱処理工業株式会社
焼入れは、最も代表的な熱処理の手法です。
鋼は、0.02~2%程度の炭素を含有させた鉄のことで、強度や靭性などに優れた製品を作れるという特徴があります。しかし、熱処理が行われる前の鋼はフェライトと呼ばれる構造になっており、柔らかいため強度を求められる用途には使えません。
そこで、焼入れにより鋼を金属組織の構造が変化する温度まで加熱し、一定時間後に急冷することで、鋼の硬度を大きく高められます。
焼入れを行うには、まず鋼を炉に入れるかバーナーなどで直接加熱します。910℃以上に鋼を加熱すると、鉄や炭素が溶け合って混ざる「オーステナイト変態」と呼ばれる現象が生じ、フェライト構造がオーステナイト構造に変化するのです。
加熱状態を一定時間保ち、鋼全体がオーステナイト化したら、加熱した鋼を水に漬けるなどして急速に冷却します。すると、オーステナイト変態した鋼が「マルテンサイト変態」を起こし、鉄の結晶中に炭素が入った、非常に硬い結晶に変化します。
ただし、焼入れ後の鋼は脆さも持っており、衝撃や応力によって割れやすいため、靭性を高めるために焼き戻しがセットで行われるのが普通です。ちなみに、焼入れの方法には「全体焼入れ」「浸炭焼入れ」「高周波焼入れ」といったような種類があります。詳しくは後述しますので参考にしてください。
焼き戻し
引用元: 江新工業株式会社
焼き戻しは、焼入れとセットで行われ、鋼の靭性を高められる熱処理手法です。一般的に技術者が「焼入れ」と呼ぶ場合、後工程の焼き戻しも含んでいる場合がほとんどです。
焼入れ後の鋼が脆くなるのは、鋼の組織が全てマルテンサイト変態を起こさず、一部がオーステナイトのまま残っているのが原因です。そこで、焼入れ後の鋼を再度加熱し、全ての組織をマルテンサイトに変化させることで、硬度を保ちつつ、粘り強さを持った鋼を作れます。
焼き戻しには、150℃~250℃程度に加熱する「低温焼き戻し」と、400℃~600℃に加熱する「高温焼き戻し」の2通りがあります。
低温焼き戻しは、硬度を下げずに安定した性能を得るために、高温焼き戻しは、靭性を高めるために用いられます。また、どちらも加熱後は1時間程度高温状態を維持し、その後空気に晒して冷却します。
焼きなまし
引用元: 株式会社ハンナン
鋼を柔らかくし、加工しやすくするために用いられるのが焼きなましです。加熱した後、炉に入れたまま放置し、時間をかけて冷却する手法で、「焼鈍」「アニーリング」とも呼ばれます。
焼きなましは、目的に合わせて「完全焼なまし」「応力除去焼なまし」「球状焼なまし」「拡散焼なまし」といった手法に分類され、それぞれ550℃~950℃と加熱温度が異なるのが特徴です。
時間をかけて冷却することにより、鋼がパーライト構造に変化して組織が柔らかくなります。組織の構造が均一になるため、加工が簡単になるだけでなく、加工ムラを防ぎ品質を上げられるのもメリットです。
加工用に販売されている鋼は、ほとんどの場合焼きなましが行われた状態で販売されています。ただ、鋼の種類によっては焼きなましを行っても硬度が十分に下がっていない場合もあるので、焼きなまし後の硬度を確認しておくとよいでしょう。
焼きならし
引用元: 有限会社 菅原熱処理工業所
焼きならしは、加工によって生じた残留応力や素材の歪みを解消するために行われる熱処理手法です。「焼準」「ノーマライジング」とも呼ばれます。
焼入れと同じく910℃程度まで加熱した後、空気中で冷やすのが特徴です。急冷を行わないため硬度は変わらず、均一で緻密なパーライト構造が得られます。
徐々に冷却される中で鋼の組織が均一に整うため、残留応力や素材の歪みが解消し、加工のしやすさや機械的強度の向上が実現します。
焼入れの種類
続いて、焼入れの種類ごとの違いについても紹介していきます。
全体焼入れ
引用元: ハイテック精工
鉄鋼素材全体を加熱して焼入れする手法です。ズブ焼入れとも呼ばれます。全体焼入れでは素材の奥深くまで熱処理を行うため、素材全体を硬くできるのが特徴です。
ただ、素材全体を加熱・冷却する分、表面を加熱する方法より冷却速度が遅くなり、表面硬度が低くなるという短所があります。熱による変形も大きくなるため、全体焼入れで高品質な製品を作るためには高い技術力が必要です。
炎焼入れ
引用元: 遠州熱研有限会社
鉄鋼表面をバーナーで加熱し、焼入れする手法です。全体焼入れより簡単な設備で実施でき、また必要な熱量も小さいことから冷却が簡単なので、安価なコストで焼入れを行いたい場合に用いられます。
一方、場所による温度差が発生しやすいことから均一な焼入れが難しく、高品質な製品を作るのには向いていません。
高周波焼入れ
引用元: EFD INDUCTION
表面焼入れに高周波コイルを用い、ワークに誘導電流を流して加熱する手法です。誘導電流は金属表面にのみ流れるので、表面のみ硬度を高め、内部は柔軟性を保つことができます。
ワークにコイルを巻きつけるだけで焼入れでき、瞬間的な加熱・冷却が可能なので、短時間で高品質な焼入れが可能です。また、電流を流すだけで加熱できることから、省エネかつ作業環境をクリーンに保てるのも特徴で、今では焼入れの手法として最も多く採用されています。
浸炭焼入れ
引用元: 株式会社 藤田鐵工所
鋼の表面に炭素を浸透させてから焼入れを行う手法です。炭素濃度が低く、通常では焼入れが行えない低炭素鋼を使います。鋼は炭素濃度が高いと脆くなりやすいので、表面の硬度と内部の靭性を両立したい用途に向いています。
炭素濃度を調整することで硬度を自由に変えられるといった点もメリットです。一方で、他の焼入れ手法よりも寸法変化が大きく、硬化を防ぎたい所には防炭処理が必要などの短所もあります。
真空焼入れ
引用元: 鳥取県金属熱処理協業組合
焼入れを行うための炉を減圧し、真空状態にしてから焼入れを行う手法です。鋼のまわりに酸素がないことから、表面に酸化被膜が生じず、金属光沢を保ったまま焼入れが行えます。
焼入れ後のピーリング処理などが不要になるなど手間が減り、鋼組織の均一性が高く変形や歪みが非常に小さいので、高品質なワークが製造できます。炉が高価で加工時間が長くなるなどの短所もありますが、要求品質の向上に伴い採用される頻度は高まりつつあります。
まとめ
今回は、鉄鋼製品における熱処理の種類について解説しました。熱処理は、加熱・冷却によって鋼の組織を変化させ、目的に合った硬度や靭性などを得る加工手法で、「焼入れ+焼き戻し」「焼きなまし」「焼き戻し」という3種類に分類されます。
それぞれ加熱温度・冷却速度が異なり、細かな差によって鋼の特性が大きく変わるので、熱処理を行う際には高い技術力とノウハウが欠かせません。熱処理を検討される際は、専門業者の力を借りて内容を決めることをおすすめします。
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