投稿日:2019年01月11日
機械設計の現場では、図面上の機能を満たすことと同じくらい、
あるいはそれ以上に重要視されることがあります。
それは
「非常時の挙動」
です。
今日は、多くの新人設計者、そして時にはベテランさえもヒヤリとさせる
「空圧回路における落下事故」をテーマに、
安全な設計思考についてお話ししたいと思います。
もしあなたが、昇降装置(リフター)の設計を任されたとして、
試運転中にこんなシーンに遭遇したらどうしますか?
その瞬間、現場が凍りついた
ある工場の組立ライン。
あなたが設計した「ワーク搬送用リフター」の試運転が行われています。
シリンダが重いワークを持ち上げ、順調に上昇中。
そこで、安全確認のために誰かが「非常停止ボタン」を押しました。
「ガシャンッ!!」
その瞬間、持ち上げていたはずのワークが、
シリンダごと重力に負けて落下し、コンベヤに激突。
幸いけが人は出ませんでしたが、ワークは破損し、
周囲は騒然となりました。
「えっ、なんで?
非常停止を押したのに、止まらないどころか落ちるなんて…」
冷や汗が止まらない瞬間です。
通常の運転動作は完璧だったのに、
なぜこんなことが起きたのでしょうか?
なぜ、その「失敗」は起きたのか?
このトラブルの原因は、
「停電(非通電)時の電磁弁の振る舞い」
を考慮しきれていなかったことにあります。
もし、このリフターの昇降用シリンダに、
一般的な
「2位置(2ポジション)シングルソレノイド」
の電磁弁を選定していたとしたら、どうなるでしょうか。
シングルソレノイドの特性を思い出してください。
通電している間は切り替わっていますが、
電源が切れると(非常停止など)、
内蔵されたバネの力で「初期位置(原位置)」に戻ります。
つまり、上昇中に電源が落ちると、
・電磁弁が勝手に切り替わる
・シリンダ内の空気を排気するポートが開く
可能性があるのです。
その結果、空気が抜けたシリンダはワークの自重を支えきれなくなり、
落下事故につながります。
「とりあえず動けばいい」
と考えて、安価で一般的な2位置の電磁弁を選んでしまうと、
こうした安全に関わる重大な欠陥を招いてしまうのです。
「止める」技術:3位置電磁弁の活用
では、どうすればよかったのでしょうか?
この問題を解決するためのアプローチはいくつかありますが、
最も基本的かつ重要なのが
「3位置(3ポジション)電磁弁」の選定
です。
本講座の教材でも解説されている「リフター回路」を例に、
具体的な解決策を見ていきましょう。
解決策1:電磁弁の「センタポジション」を理解する
電磁弁には「2位置」だけでなく、
制御していない時に中間の位置で停止する
「3位置」
というタイプがあります。
さらに、その中間位置(センタ)での空気の流し方によって、
以下の3種類に分かれます。
1. クローズドセンタ(オールポートブロック)
全てのポートを閉じる
2. エキゾーストセンタ(ABR接続)
シリンダ側のポートを排気につなぐ
3. プレッシャセンタ(PAB接続)
シリンダ側のポートに圧力を供給する
落下防止を考える場合、
2番目の「エキゾーストセンタ」を選んでしまうと、
・空気が抜ける
・フリー状態になる
ため、落下します。
(外力がかかる中間停止には使用できません)
シリンダ内に空気を閉じ込めて位置を保持したい場合は、
「クローズドセンタ」などを検討する必要があります。
解決策2:ストロークと停止リスクを考慮する
今回のリフターの事例では、
ストロークが400mmや500mmといった
長いシリンダが使用されています。
ストロークが長い場合、
動作の途中で非常停止が押される可能性が高くなります。
教材の回路設計例では、
・ストロークが短く
・動作完了まで一瞬で終わる工程(クランプなど)
には「2位置」を使用しています。
一方で、
・ストロークが長い
・昇降や横移動を伴う動作
には「3位置」の電磁弁を採用しています。
これは、非常停止時にシリンダをその場で停止
(中間停止)させ、安全を確保するためです。
解決策3:自重と推力の計算を徹底する
そもそも、シリンダの力がギリギリでは、
どんな制御をしても安定しません。
設計段階で「負荷率」を考慮した推力計算を行っていますか?
一般的に、実際の推力は
「理論推力 × 負荷率(%)」
で計算します。
安全側を見て、必要な力の倍以上の能力を持つシリンダを選定しておくことも、
制御を安定させるための重要な要素です。
【ミニクイズ】
ここまでの内容を振り返って、
簡単なクイズに挑戦してみてください。
Q1:
非常停止ボタンが押され、電磁弁への電源供給が絶たれた(非通電)とき、
バネの力によって強制的に元の位置に戻ってしまうタイプの電磁弁はどれですか?
A. 3位置ダブルソレノイド
B. 2位置シングルソレノイド
Q2:
3位置の電磁弁のうち、非通電時に全てのポートが閉じられ、
シリンダ内の空気を閉じ込めて(密閉して)その場に留まろうとするタイプはどれですか?
A. エキゾーストセンタ
B. クローズドセンタ
Q3:
一般的なシリンダ選定において、
カタログスペック通りの「理論推力」だけで選ぶのではなく、
余裕を持たせるために考慮すべき係数は何ですか?
A. 摩擦係数
B. 負荷率
▼ ミニクイズの解答・解説は、ページの末尾に掲載しています。
「動く」だけでなく「安全に止まる」設計を
いかがでしたでしょうか。
機械設計というと、どうしても
「いかに速く、正確に動かすか」
に意識が向きがちです。
しかし、プロの設計者として信頼されるかどうかの分かれ目は、
「いかに安全に止めるか」
というリスク管理にあります。
今回ご紹介した電磁弁の選び方は、
空圧設計のほんの一部に過ぎません。
しかし、この知識があるだけで、
・現場での事故を防ぎ
・作業者の安全を守る
ことができます。
「なぜその機器を選んだのか?」
と聞かれたとき、
「カタログに載っていたから」
ではなく、
「非常時の安全を考慮して、このタイプを選定しました」
と理論立てて説明できるエンジニアになってください。
そのための体系的な知識は、
独学でカタログを眺めているだけではなかなか身につきません。
ぜひ、基礎からしっかりと学んで、
自信を持って設計図を描けるようになりましょう。
次回のメルマガでは、
また別の「現場で役立つ設計知識」をお届けします。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
【今回のテーマを深く学びたい方へ】
本記事で紹介した
・電磁弁の種類の詳細
・安全を考慮した回路設計
・リフターの設計事例
は、以下の講座ですべて学ぶことができます。
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【解答・解説】安全設計・機器選定ミニクイズ
メルマガのミニクイズに挑戦していただき、ありがとうございます。
今回のクイズは、現場でのトラブルを防ぐために必須となる
「電磁弁の特性」と「シリンダ選定」に関する問題でした。
あなたの回答は合っていましたか?
詳細な解説と合わせて確認していきましょう。
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Q1:回答と解説
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Q1:
非常停止ボタンが押され、電磁弁への電源供給が絶たれた(非通電)とき、
バネの力によって強制的に元の位置に戻ってしまうタイプの電磁弁はどれですか?
【正解】
B. 2位置シングルソレノイド
【解説】
電磁弁(ソレノイドバルブ)には、スプール(弁)を動かすための
ソレノイド(コイル)の数によって、シングルとダブルの区別があります。
・シングルソレノイド
片側にソレノイド、反対側にバネ(スプリング)が入っています。
通電している間だけ切り替わり、電源が切れるとバネの力で元の位置に戻ります。
・ダブルソレノイド
両側にソレノイドがあります。
一度切り替われば、電源を切ってもその位置を保持(自己保持)します。
【実務のポイント】
シングルソレノイドを使用する場合、非常停止や停電で電源が落ちると、
勝手にシリンダが動いて(戻って)しまいます。
これがクランプ(固定)解除やワークの落下につながる危険性がある場合は、
注意が必要です。
逆に、プレス機のように
「何かあったら必ず初期位置に戻ってほしい」
という場合には、シングルソレノイドが有効です。
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Q2:回答と解説
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Q2:
3位置の電磁弁のうち、非通電時に全てのポートが閉じられ、
シリンダ内の空気を閉じ込めて(密閉して)その場に留まろうとするタイプはどれですか?
【正解】
B. クローズドセンタ
【解説】
3位置(3ポジション)の電磁弁は、中立位置(センタ)での
ポートの状態で種類が分かれます。
・クローズドセンタ(オールポートブロック)
全てのポートが閉じているため、シリンダ内の空気は密閉されます。
これにより、シリンダを中間位置で停止させたい場合などに使用されます。
・エキゾーストセンタ
シリンダ側のポートが排気ポートにつながっており、
空気が抜ける状態(大気開放)になります。
そのため、シリンダはフリー状態となり、手で動かすことができますが、
位置を保持することはできません(垂直設置だと落下します)。
【実務のポイント】
リフターなどの昇降装置で、非常停止時にその場で落下させずに止めたい場合は、
「クローズドセンタ」や「プレッシャセンタ」を選定します。
ただし、空気は圧縮性があり漏れることもあるため、
長時間の保持や確実な安全確保には、
・ブレーキ付きシリンダ
・チェック弁
の併用が推奨されます。
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Q3:回答と解説
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Q3:
一般的なシリンダ選定において、カタログスペック通りの「理論推力」だけで選ぶのではなく、
余裕を持たせるために考慮すべき係数は何ですか?
【正解】
B. 負荷率
【解説】
シリンダが発揮できる力(推力)は、
「圧力 × 受圧面積」
で計算できます。これを「理論推力」と呼びます。
しかし、実際の現場では理論推力ギリギリで選定することはありません。
配管抵抗やシリンダ内部の摺動抵抗などを考慮し、
力に余裕を持たせる必要があります。
この余裕の度合いを示すのが「負荷率」です。
実際の推力
F = 理論推力 F1 × 負荷率(%)
【実務のポイント】
一般的に、負荷率は
50% ~ 70%
程度を目安に設定します。
つまり、実際に必要な力の
約1.5倍 ~ 2倍
の能力を持つシリンダを選定することで、
スムーズで安定した動作が実現できます。
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独学の限界を感じている方へ
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今回のクイズの内容は、カタログスペックを読み解くだけでなく、
「安全」や「安定稼働」を考慮した設計を行うための基礎知識です。
・なんとなく先輩の真似をして選んでいた
・なぜこの機器なのか説明できない
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今回のような実務直結の知識を、計算方法から回路設計まで、
演習を交えて詳しく解説しています。
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