投稿日:2025年05月13日
誘導電動機(誘導モーター)を選定する際、定格出力・定格トルク・定格電流だけをチェックして安心していませんか?確かにこれらの値は、運転状態における重要な指標です。
- 定格電流:通常運転時に流れる最大許容電流。
- 定格出力:電動機が継続的に出力できる電力。
- 定格トルク:通常運転時に発揮できるトルク。
しかし、始動時の特性を見落とすと、設計段階では問題がなくても、現場で「装置が動かない」「ブレーカーが落ちる」といったトラブルが発生する可能性があります。
このコラムを書いた人
機械系プラントエンジニア
国内化学プラントで機械設計や建設工事を10年以上経験。危険物製造設備、発電・ボイラ設備・排水処理設備、研究施設の多種多様な設計・調達・工事に携わり、その知識をコラムにて発信中。現場でも活かせる専門知識を、日本のモノづくりに活かしてもらいたい!という強い思いを持っている。
失敗事例:トルク不足で動かないコンベア
ある工場で導入した大型コンベアの例です。設計者は定格トルクで誘導電動機を選定してしまいました。無事に設置工事が終わり、試運転の際にコンベアに荷物を載せた状態で起動すると、電動機は「ウーン」と唸るばかりで動かず、始動トルク不足が原因で、より高トルクが出せる電動機に交換する羽目になってしまいました。
さらに、電動機を交換し、動かしてみると今度は、起動ボタンを押すと同時に、ブレーカーが作動してしまい、ライン全体が停止する事態になってしまいました。
このような失敗を避けるために、以下のことを理解しなければいけません。
- 誘導電動機の始動トルクと負荷トルクの比較。
- 始動電流が流れた際に保護回路やブレーカーが作動する条件。
この記事では、正しく誘導電動機の機器選定が出来るように、始動時の状態や起動方法について紹介します。
誘導電動機(誘導モーター)の特徴
まずは簡単に誘導電動機(誘導モーター)の構造について説明します。
誘導電動機は、回転磁界を利用して電磁誘導によってローターを回転させる電動機です。構造は大きく分けて以下のようになります。
- 固定子(ステータ):三相交流を供給するコイル(巻線)が配置されており、回転磁界を発生させる。
- 回転子(ローター):誘導された電流によって回転トルクを生み出す。
- 軸受(ベアリング):回転子を支持し、スムーズな回転を可能にする。
- 冷却機構:電動機の発熱を抑えるために冷却ファンやフィンを備えている。
回転子には、主にかご形回転子と巻線形回転子の2種類があります。かご形回転子はシンプルで堅牢な構造を持ち、一般的に使われます。一方、巻線形回転子は始動時の特性を調整できるため、大きな始動トルクが必要な場合に用いられます。
誘導電動機(誘導モーター)の始動時の電流やトルクは定格値とは異なる
誘導電動機は、電圧をかけると、回転がゼロの状態から定格回転数に加速した後、定格トルクで出力され、定格電流が流れます。
しかし、起動した直後は、なんと定格電流の5~7倍もの始動電流が流れてしまいます。又、誘導電動機が出力するトルクは以下のグラフの様に、回転数に合わせてトルク(下図の赤線)が変動します。
運転可能である始動特性曲線
このグラフを見ると、誘導電動機のトルクが、0回転から定格回転数まで、負荷トルク以上をキープしており、起動後は問題なく運転ができる状態といえます。
※負荷トルクとは、回転をするために必要な最低トルクです。(誘導電動機からすると回転時の抵抗として作用します)
トルクが足らないとどういったことになるのか?
ここまでの説明を聞くと、「定格トルク以上のトルクが始動時に出るなら、わざわざ確認する必要ないのでは?」と思う方もいるかもしれません。
しかし、先ほどのグラフは直入れ起動の場合です。もし別の起動方法を採用した場合、どのようになるのでしょうか?
始動電流を抑えた起動方法では、以下のグラフの様に、起動トルクが下がるため、定格回転数になる前に、負荷トルクを下回ってしまいます。そのような状態で電動機を始動しても、装置はトルク不足で動くことはありません。
このような状態にならないように、始動トルクの値が定格トルクに至るまで、負荷トルクを超えて出力できる誘導電動機を選定する必要があるのです。
運転ができない場合の始動特性曲線
又、装置の種類によっても、負荷トルクの始動特性は変わります。その為、負荷トルクが始動時からどのようなカーブを描くのかを把握することはとても大切です。下のグラフに、各機器の負荷トルクの始動トルク特性を示します。
破砕機やレシプロ機器は、起動時から高いトルクを必要とする為、電動機を選定する際は注意が必要です。
始動電流でブレーカーは作動しないのか?
「あれ?始動電流が定格電流の5~7倍ってことは、起動するたびにブレーカーが落ちるのでは?」と考えてしまいそうですが、そう単純ではありません。
ブレーカーが作動する条件は、①電流値の大きさと②電流が流れる時間で決まります。ここで、誘導電動機の保護回路を計画する際に用いるグラフを紹介します。
このグラフは横軸が電流値、縦軸は時間を示します。図中の緑の線は、通常のモーターの運転状態を示しており、何らかの異常電流が一定の時間(赤線)を超えて流れると電源遮断をすることを表しています。
たとえ、始動電流が大きくても、定格状態に至る時間が短ければ、ブレーカーや保護リレーは作動しない仕組みとなっているのです。
逆に、電動機が電源を入れた状態で回転を止めてしまうと、電動機には始動電流が流れ続けてしまいます。これにより、発熱やスパークといったトラブルが発生してしまう為、保護回路やブレーカーが作動するのです。
先に紹介した失敗事例も、電動機が動かずにずっと始動電流が流れ続けてしまった為、ブレーカーが作動してしまったのです。
保護回路を考える際に用いるグラフ
主にブレーカーやサーマルリレーの選定時に用いる
誘導電動機(誘導モーター)の起動方法
誘導電動機の起動方法には複数の種類があり、負荷や用途に応じて起動方法を使い分けます。いくつかその起動方法の概要を紹介します。起動方法を考慮する際は、電気設備の設計者との連携が必要ですね。
直入れ起動
もっともシンプルな方法で、電源に直接接続して起動します。始動電流が定格電流の5~7倍の電流が流れますが、設備上問題が無い場合は、直入れ起動を採用するのが一般的です。
スター・デルタ(Y-Δ)起動
始動時は電動機の巻線をスター結線にして電圧を低減し、一定回転数に達したらデルタ結線に切り替える起動方法です。これにより、直入れ起動に比べて始動電流を約1/3に抑えることができますが、始動トルクも1/3に低下してしまいます。主に始動電流を低減することを目的とした始動方法です。
リアクトル起動
電動機の回路にリアクトルを直列でつなぎ、始動電流を抑える方法です。
直入れ起動に比べ始動電流は低減しますが、始動トルクは始動電流の低減よりも大きく低減します。始動時の機械的な衝撃を低減させるために採用する起動方法です。
インバータ起動
インバータ装置を用いて、商用電源の交流を整流回路で直流に変換し、再度交流に戻すことで、周波数を制御しながら起動する方法です。
誘導電動機の回転数を可変にする目的でインバータは使用されることが多く、起動時は以下の特徴があります。
- 直入れに比べ、始動電流が抑えられる。
- 始動時から定格トルクを出力することが出来る(V/f一定制御)。
まとめ
誘導電動機を正しく選定するには、単に「定格出力が足りている」では不十分です。停止した装置を定格の回転数まで加速できる電動機でなくてはいけません。
その為、電動機を選定する際は、運転中の出力やトルクだけでなく、機械の実際の動き・負荷条件・起動方式を踏まえて選定するようにしましょう。