疲労設計の基礎。S-N曲線と繰り返し荷重の考え方とは?

投稿日:2024年05月09日

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疲労破壊の設計をする際に、避けて通れないものにS-N曲線があります。

ただ疲労設計には考慮する事項がさまざまあり、そもそものS-N曲線について理解を深めないままで使用している設計者も多いのではないでしょうか?

本コラムでは疲労設計の基礎となるS-N曲線の考え方や使用上の注意点、また繰り返し荷重の考え方についてまとめました。

疲労設計の初心者はもちろんですが、疲労設計経験者も自分の知識を確認するためにも是非参考にしてみてください。

疲労設計における荷重

疲労破壊をもたらす繰り返し応力とは?

金属材料は、その材料が持っている引張強さ以上の荷重が加わると破断します。

しかし引張強さ以下の荷重であっても、繰り返し何度も荷重が加わることによって微細な亀裂が起こり、だんだんとこのき裂が大きくなることで最後には破断に至ります。この現象を「疲労」または「疲労破壊」といいます。

なお、環境によって材料特性が変化することで破壊に至る現象である腐食は、疲労ではなく劣化と呼ばれ区別されます。

疲労破壊の要因となる繰返し荷重によって製品に発生する応力を「繰り返し応力」といい、疲労設計を行う際に使用する重要な指標となります。

繰り返し応力の定義を以下に示します。

なお、下図では繰り返し応力を正弦波として記載していますが、凸凹な路面から荷重を受ける車などの製品に付加される繰り返し応力はランダムな波形となります。

ランダムな振動による強度を設計する際には、今回説明する疲労設計とは異なる考え方を用いる必要があるため注意が必要です。

繰り返し応力における最大値と最小値をそれぞれ、「最大応力」、「最小応力」と呼び、その平均値を「平均応力」と呼びます。

また、最大応力と平均応力の差分を応力振幅、最大応力と最小応力の比を応力比(R=σmax/σmin)で表します。

なお、R=-1となる繰り返し応力を「両振り応力」、R=0となる繰返し応力を「片振り応力」と呼びます。

疲労荷重の種類

製品の設計において考慮する実働荷重は、大きく分けて3種類に分けられます。

すなわち、①定常運転時に作用する荷重、②非定常運転時に発生する大きな変動荷重、③まれに発生する大荷重、です。

定常運転時に作用する荷重は、荷重は小さいですが最も長い時間負荷される荷重です。

逆に非定常運転時に発生する大きな変動荷重は、頻度は小さいですが定常運転時の荷重よりも大きな荷重が発生します。

例えば電動機で考えてみましょう。

起動時でロータが十分に回転していない状態では大きなトルクを発生させる必要があるため、軸には大きな変動荷重が発生します。これが非定常運転です。

一方で、ある程度回転速度が大きくなる定常運転となると、トルクが小さくても良くなり、軸に働く荷重は小さくなります。

稀に発生する大荷重は輸送中の落下衝撃などの、破壊さえしなければ強度設計上不都合が生じない条件です。

このうちで疲労強度の設計に必要なものは、①定常運転時の荷重と②非定常運転時の荷重です。

高サイクル疲労と低サイクル疲労の違い

製品に降伏点を越えるような大きな応力が発生するような応力振幅条件下では、製品に塑性ひずみ成分が含まれ、低い寿命で疲労破壊が発生します。このような疲労破壊現象を低サイクル疲労と呼びます。

また、塑性ひずみ成分が発生せず、弾性ひずみのみが働く疲労破壊を高サイクル疲労と呼びます。

以下に試験片に繰り返しひずみ:Δεを与えた時の、応力とひずみの関係及びひずみと疲労寿命の関係を示します。

試験片に繰り返しひずみを与えると、応力とひずみは図の様な挙動を示します。この曲線を「ヒステリシスループ」と呼び、弾性域でのひずみ:Δεeと塑性域でのひずみ:Δεpの合計が繰り返しの歪:Δεです。

この時にひずみと疲労寿命の関係は、両対数グラフ上で描くと右図となり、

の式が成立します。

この疲労曲線において、弾性域の疲労特性を示すΔεe/2-2Nf曲線と、塑性域の疲労特性を示すΔεp/2-2Nf曲線が交差する繰り返し数を遷移寿命:Ntと呼び、遷移寿命以下を低サイクル疲労。遷移寿命以上を高サイクル疲労となります。

なお、図中のσf’及びεf’は、それぞれ真破断応力及び真破断ひずみを示しています。

一般的には低サイクル疲労は10の4乗~5乗の繰り返し数以下の範囲となります。

S-N曲線とは?

S-N曲線の定義

S-N曲線は材料の疲労破壊において、縦軸を応力:Stress、横軸を破断繰り返し数:Number of cycles to failureとしたときに、材料の破断結果をプロットした線で、疲労破壊の評価に広く使われています。S-N曲線はS-N線図とも呼ばれています。

一般的に横軸の破断繰返し数は対数で記載されます。

また、S-N曲線に対して、前章で紹介した縦軸をひずみとしたときの疲労特性線図をε-N線図と呼びます。

下図に鉄鋼系材料と、アルミなどの非鉄系金属材料のS-N曲線を模式的に表した図を示します。

鉄鋼系材料と非鉄系材料では、一般的に10^7回以上で疲労特性が異なりますが、この点は後に詳述します。

なお、破断繰返し数は応力の負荷状態で異なるため、S-N曲線は両振り応力状態と片振り応力状態で分けられています。

設計初心者は疲労設計時に使用するS-N曲線のシートを間違えやすいので、設計前に必ず試験条件を確認するようにしましょう。

疲労限度

鉄鋼系材料のS-N曲線における10^7回前後で、これ以上回数を増やしても破断まで至らない下限の応力振幅値が存在します。

これを疲労限度、または疲労限と呼びます。

鉄鋼系材料の場合、疲労限度は引張強度の半分程度になることがよく知られています。

一方で、アルミやマグネシウムなどの非鉄系金属では、明確な疲労限度を持たないため、10^7を超えても、S-N曲線は右肩下がりの傾向を示します。

このような材料の場合には10^7回、または10^8といった、使用上十分な余裕を持つと考えられる繰り返し数での応力値を疲労限度と見なして設計を行います。

このような応力値は、疲労限度に対して時間強度とも呼ばれます。

一般的には、高い信頼性を要求される製品を設計する際には、発生する応力値を疲労限度以下に抑えるように設計することが必要です。

ただし、疲労限度を持つような材料でも、10^8や10^9といった領域まで負荷を繰り返すことで破壊する場合があります。

このような疲労破壊は、超高サイクル疲労、またはギガサイクル疲労>と呼ばれます。

超高サイクル疲労をS-N曲線にプロットすると、下図のように疲労限度で水平となった後に、再び右肩下がりを示す曲線となります。

このようなS-N曲線は2重S-N曲線と呼びます。

超高サイクル疲労のメカニズムはまだ十分に明らかにされていませんが、通常の疲労破壊が材料の表面に発生する亀裂が疲労破壊の要因となるのに対して、超高サイクル疲労では材料の内部の亀裂が要因となることが特徴です。

従って、破壊のメカニズムの違いによって、S-N曲線上に2種類の曲線が存在すると考えられています。

S-N曲線を使用する際の注意点

S-N曲線を使用する際にはいくつかの注意点があります。

この章では設計初心者が疲労強度を把握する際に見落としがちな点を紹介します。疲労設計経験者であっても、普段の設計で見落としている点が無いか確認してみましょう。

安全率の考慮

S-N曲線は理論値ではなく、疲労試験によって取得した実験データをグラフにプロットすることで得られる曲線であるため、バラつきが発生します。

あまり知られていませんが、S-N曲線は生存確率が50%となる値であるため、S-N曲線をそのまま適用すると50%の確立で疲労破壊が発生します。

従って、疲労計算をする上では、S-N曲線から得られた応力値に対して安全率を設定する必要があります。

ただし、安全率を設定する場合には、応力値にマージンを取る方法と、疲労強度である累積損傷度にマージンを取る方法があり、どちらの方法を取るかは設計する開発部門の方針や慣例によって異なります。

また、どの程度のマージンを取る必要があるのかも、設計する製品や開発部門の方針によって異なるため、設計者の方は自分の部署がどのような思想で疲労設計を行っているのかを把握しておくようにしましょう。

環境条件の考慮

製品はさまざまな環境条件にさらされますが、中には疲労強度に影響する条件があります。

代表的な環境条件には、温度、湿度、化学的環境などがあります。

一般的に高温状態では材料の強度が低下し、低温では脆性が増加します。高温にさらされる製品を設計する際には、クリープを考慮する必要があります。

また、湿度が高いことで腐食やクラックの発生を促進する効果があります。このような疲労を腐食疲労と呼び、荷重のみが働く疲労強度とは別に強度を推定する必要があります。

化学的環境は、特定の化学物質にさらされる場合や腐食性の液体やガスが材料に付着する場合に考慮する必要があります。

環境条件は特殊な条件下であるため、論文などに掲載されている一般的なS-N曲線は、これらの要因が無い条件で取得されたデータをもとに作成されています。

従って、上記の条件を考慮する場合には別途試験を行い、S-N曲線を取得する必要があります。

S-N曲線の取得条件の考慮

S-N曲線を使用する際には、S-N曲線を取得した時の試験条件を把握することも重要です。

考慮すべき試験条件には主に、①荷重の種類②荷重の負荷方法の2つがあります。

①荷重の種類は繰り返し荷重の条件のことで、引張応力と圧縮応力が発生する「両振り応力」と、「引張応力のみが発生する「片振り応力」があり、製品が受ける繰り返し応力状態によって、どちらを使用するか選択します。

一般的には、両振り応力よりも片振り応力のS-N曲線の方が疲労限度はやや低下します。

②荷重の負荷方法はS-N曲線を取得する試験の条件のことで、主に軸力、曲げ、せん断の3種類に分けられます。

疲労強度は、曲げ、軸力、せん断の順番で下がる傾向にありますが、これは静強度の破壊を考えた時と同じ傾向となります。

最も一般的な方法は軸力で、一般的に出回っているS-N曲線はほぼこの方法を用いています。

ただ、メーカー独自にS-N曲線を取得しており、その結果をインターネット上で紹介しているような場合には、そのメーカーが販売する製品の特性に伴った試験を行っている可能性があります。

例えば、車軸などの回転軸のS-N曲線では、回転軸に対して行う「回転曲げ疲労試験」によって取得されていた場合、このS-N曲線を単軸の応力状態の製品に適用するのは間違った設計です。

S-N曲線を独自に取得することが出来ない中小企業では、インターネット上に公開されている他社の試験データを参考にすることがよくあると思いますが、試験条件などを把握出来るデータのみを使用するようにし、安易に使用することは控えるようにしましょう。